アラフォーゲイの子育て奮闘記

代理母出産で子供を授かったゲイ男子の育児日記

後悔と不信感①

姉の余命宣告についてはこちらをご覧ください。

姉と羽田空港の地下鉄改札で別れた1週間後、姉の友人で同じ会社に働いているTちゃんから姉の様子を見に行ってほしいと連絡がありました。

 

Tちゃんは毎朝姉と会社のチャットで他愛もない会話をしているらしいのですが、この日だけはすぐに返信がこなかったので、おかしいと思い姉の会社携帯に電話をしてくれました。すると、普段滅多に弱音を吐かない姉が「もしかしたら救急車を呼ばないといけないかもしれない」とこぼしたのだそうです。

 

それから妹や母も姉のプライベート携帯に電話をしたのですが応答なし。後から知ったのですが、プライベート携帯は床に落ちてしまっていて、もうそれすら拾う体力もなかったようです。しかたないのでTちゃん経由で会社の携帯に電話をして、母がこれから姉の家に向かうこと、そして救急車を呼ぶことを伝えてもらいました。

 

1時間後に母が到着して救急車を呼ぼうとすると、几帳面な姉は、部屋の掃除をしないと救急隊の人を家にいれられないから待ってくれと言ったそうです。ベッドで寝たきりだった体を無理矢理起こして周りを片付け始める姉。いたずらに時間が過ぎていきました。

 

結局姉がかかりつけの病院に救急搬送されたのは、母が姉のうちに到着した4時間後でした。すでに診察時間を過ぎていて、主治医がいなかったので、この日は点滴だけをして、検査は翌日に持ち越されました。母がもっと早く救急車を呼んでくれていれば、助からないまでも、姉の症状を緩和する処置をしてあげられたのではないかと悔やんでいます。事実この時姉は脳圧が上がっていて、かなり辛い状況だったのです。

その夜妹も病院にかけつけ、姉と一言二言話したそうですが、もう話すのも辛そうで、「大丈夫」と言いながら手を振るだけだったそうです。姉は点滴を打てば家に帰れるだろうとほとんど荷物を持っていかなかったのですが、即入院となったので、翌日妹が姉の家に身の回りのものを取りに行きます。そこで妹は愕然としたそうです<続く>