4歳の息子を連れてアメリカに大学院留学しているワンオペシングルファザーのサロカツです🙇🏻♂️
プログラミングの中間試験の出来が悪かったけれど、できることは全てやったので後悔していないという話をしたのを覚えていますか?
実は試験の終わった夜、白紙回答してしまった問題をちゃんと落ち着いて解いている自分の夢を見たのです。やっぱりまだ心残りがあるのだなと気付かされました。
でも後悔先に立たず。前を向いて、まだ1つずつ残っている課題と小テスト、そして最終プロジェクトに集中して、自分の中での最低ラインのB評価を目指すしかありません。
自分がこんなにも躓いている試験を楽々と解いてしまうクラスメイトと自分は一体何が違うのか?地頭の良さや本人の努力もあると思いますが、興味範囲が広かったり関連知識が多いので、授業で習ったことをそれらに関連付けながら覚えるのが上手いというのが大きな理由として挙げられると思います。
例えばクラスメイトのA君(自分の半分位の年齢
)は土木工学の博士課程にいて、建物の劣化を計測する研究をしています。彼にとってはプログラミングは、計測データをいかに効率良く分析するかの手段であって、テストの点数やクラスの最終評定が目的な訳ではありません。
自分にも先に見据えている目標があって、今学んでいることはそれを実現するための手段であることには変わりないのですが、地頭の良さや努力が足りない(育児が優先で時間も体力もない)こともあって、目先の課題や試験を乗り切るので精一杯になってしまっています。
「ギリギリの評定でもいいから卒業できればいいんだ」「A評定よりも仕事探しの方が大事」と自分に言い聞かせて気持ちを楽にしようとすることもあります。でも崇高な目的のために勉強している優秀なクラスメイトを見ていると、そんな低俗なことを考えていることが恥ずかしくなってしまいます。
育児を優先にすることに対して後ろめたい気持ちはありません。人生の折り返し地点にいる自分に時間を投資して理想の仕事に就けることよりも、これからまだ沢山の可能性を秘めている息子に時間を投資して彼の成長を見られることの方が、自分にとっては幸福を感じられます。
息子に良い環境を与えるためには経済的な余裕が必要だし、そのためには高給取りにならないといけないし、そのためには唯一無二のスキルを身につけないといけません。だから今大学院で苦しくても勉強しているんだって最終的には自分に発破をかけるんですけどね。
支離滅裂で言いたいことが伝わりにくいかもしれませんが、要は理想と現実が乖離しすぎていて、日々悩んでいるということです![]()
