4歳の息子を連れてアメリカに大学院留学しているワンオペシングルファザーのサロカツです🙇🏻♂️
2025年もいよいよ最終日となりました。みなさんにとってはどんな1年でしたか?自分にとってはこれまでの人生の中で最も変化に富んだ年となりました。
まず年明け早々の1月、会社のリモートワーク制度が終了し、出社しない場合には人事的な制裁が加えられると上司から伝えられました。当時は東南アジアの某国に教育移住していましたが、平日は息子と離れて日本で仕事をするという二拠点生活が始まりました。3月には会社を辞めることを前提として転職活動を始めるも失敗
教育移住を中断して日本に戻ってくる選択を迫られました。
ところが昨年末に出願していたアメリカの大学院から合格通知が4月に届き状況が急転。すぐに会社に辞表を提出し、5月には無職・無収入になりました。仕事のストレスから解放されたものの、アメリカ移住に向けた引越準備に追われます
6月に息子の学校が年度末を迎えたタイミングで東南アジアから日本に引き揚げ、その数日後にはアメリカ移住するという短期間で2回の海外引越を決行しました。
7月には24年ぶりに学生に戻りサマースクールを履修。息子も新天地で新しい保育園に入園します。8月からいよいよ本格的に大学院の授業が開始。同級生の優秀さに驚かされ、授業についていけるか不安になりました。9月には息子が手の指に大怪我をして緊急外来に運ばれるという事件が発生
自分が勉強に集中するあまり、育児が疎かになったことが原因でした。
10月に受けた中間試験で落第点を連発。単位取得に黄色信号が点りました。同時に留学資金が予想以上のペースで枯渇し、息子を大学附属の保育園に預けることが困難になりました。11月に入って保育料免除をしてもらえることになり保育園には残れることになったものの、膨大な量の学校の課題を前に、勉学と子育ての両立に苦労し、息子との関係が悪化。5つのクラスのうち1つを履修中止するという苦渋の選択をしました。そして12月。なんとか期末試験を乗り越え、GPA3.43という成績で秋学期を終了。年越しのため日本に一時帰国することができました![]()
こうやって改めて振り返ると、常に何かに追われていて心休まることがなかった1年でした。特に大学院に入ってからの後半6ヶ月は、仕事をしていた時よりも忙しくなり余裕がなくなってしまいました。息子に八つ当たりしてしまうことも度々あり、その度に自己嫌悪に陥り悩みました。
そんな自分を他所に、息子は新しい環境にすぐに対応して、新しい保育園や習い事に楽しそうに通っていました。気軽に近場の山や牧場に行って自然に触れることができたのも、東京や東南アジアの大都市に住んでいた時にはなかなかできなかった貴重な経験で、今までで一番恵まれた教育環境を作ってあげることができたのではないでしょうか。
その代わりにアメリカ留学の対価として払った犠牲は想像していた以上のもので、円安と物価高のダブルパンチで貯金はほぼ底をついてしまい、食糧支援などを受けながら、ギリギリの生活を強いられました。もし来年卒業した後、就職せずに博士課程に進むとしたら、日本の持ち家を売却しなければならないかもしれません。
今は精神的にも体力的にも経済的にもどん底の状態にいますg、2025年に決断したアメリカ親子留学が、自分と息子の将来の可能性を広げてくれ、いつかこの苦労が報われる時がくると信じています。
