アラフォーゲイのサロ活日記

代理母出産でゲイ男子が子供を授かるまでの記録

障碍者は社会のお荷物?

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 このブロガーさんはなんて脆くてなんて強いんだろう。お腹の中のお子さんに障碍があると分かり、色々な葛藤に苛まれ、一時は堕胎まで考えていたのに、最終的には産む覚悟をした。虚構だらけのキラキラブログやインスタよりも、よっぽど人間として美しいなと感激してしまった。

 

ブロガーさんは、障碍者が生産性が低くて社会のお荷物になると考えていて、自身もそのような子を産むということに対して躊躇していたようです。このブログが心に残ったのは、彼女の意見に対する賛否ではなくて、何が正しいのか、何が正義なのかについて改めて考えさせられたからです。

 

マイケル・サンデル教授の書いた「これからの『正義』の話をしよう」という本がベストセラーになりましたよね。正義を「幸福の最大化」と定義する人もいれば、「自由の尊重」と解釈する人もいれば、はたまた「美徳の促進」だと唱える人もいるといったような内容だったと思うんですが、いかんせん自分には哲学の知識が少なかったのと、英語版原書を読んだこともあって、自分の中で100%咀嚼できていなかったんですね。

 

でもこのブログを読んで、正義の判断基準を自分で持っておくことの有用性を感じました。判断軸を持っていれば、自分が難しい判断を迫られたときに、拠り所になるのではないかと。更に言うと、将来子供に善悪を教える時にも、「お父さんが駄目って言うから駄目なの」という説明ではなくて、論理的に子供に説明できるのではないかと思うんですよ。

 

障碍者は社会のお荷物なのか」という問いに対して自分は答えが定まっていません。「そんなの『否』に決まってるだろ!」と罵声が飛んできそうですが、自分がその立場を取った時に、反対派を説き伏せる能力がまだ自分にはないんですよ。自分が情熱を持って何かをしようとしたら、感情に訴えるだけでは周りを巻き込めないかもしれません。他者を説得できる判断基準をしっかり自分の中で持ちたい、そう考えらせられたブログでした。